木っ端微塵になってしまった蔵を見てやばいかなと思っていると人の気配がした。体を
緊張させると一人のしわがれた声が聞こえた。
「ほう、さすがは天狐の姫とも呼ばれる合いの子よの」
 その声に振り返ると枯れ木のような老人が異常な生気を放ちながらこちらに向かってき
た。
〈逃げろ、長老だ〉
 頭に響いた声に従い、寝殿造りの建物を壊しながら月夜がいそうな辺りに向かった。と、
体が動かなくなった。少し遅れて、罠にかかってしまった事に気付いた。
〈ゴメン、捕まった〉
〈分かった。いま、そっちに行く〉
 その言葉に溜め息をついて夕香は目を閉じた。体は動かない。霊力は封じられたままだ
から変わりないとして体が動かない事は少し面倒だ。
「大人しくしているといい。主は宗家殿の生け贄になる。宗家殿も、こちらにすぐいらっ
しゃる」
 ばれている。夕香はそう確信した。呼びかけるがもう反応しなくなった。意識を失った
のだろう。
「暴れ馬の宗家殿もおとなしくなったようだな」
 両手両足を荒縄で縛られ猿轡をかまされた、狩衣姿の月夜が捕獲された熊のように木の
棒につながれ、担がれて連行されてきた。ジタジタと暴れている事を見ると、一時的に意
識を失ったのだろうか。
 と、感じる月夜の気配に何か違うものが混ざり始めるのを視覚的に感じた。彼の霊力は
また封じられているらしいが、それ以上に何かが彼の体を駆け巡っている。
「霊力を、戻せ」
 月夜はあせったように叫んだ。その顔にはらしからぬ焦燥があるのを見て取った。かな
り緊迫しているが、長老は唇を二つに割り悠然と笑った。おそらく、月夜の異変を感じ取
っていないらしい。
「いいや、できんな。そういっていつも逃げ出すのはあなたでしょう?」
「違う。今は……。見えないのか、お前」
 苦しげにあえぎつつも月夜は体の中が不規則に脈動するのを感じていた。心臓の鼓動が
不規則になり、だんだん早くなっていく。指先足先は冷え切って、胸の奥から熱い何かが
漏れて流れ出す。
「月夜!」
 夕香も見えていた。月夜の体から、神気のようなものが流れだしている。水神の神気で
はない。もっと他の、どっちかというと夕香側の、狐の神気に似た荘厳な気配。夕香の中
で何かがおののいた。
「く、う、がああああ」
 歯を食いしばって、それが流れないように月夜はこらえていたが、霊力もない状態で何
ができるのだろうか。自分を運んできた黒子はまだ自分をつるしている。月夜は動かせる
範囲で暴れて背筋をのけぞらせて絶叫した。
 体が熱い。指先は冷え切っていたはずなのに、とても熱い。周りがどうなっているかが
見えない。白いもやがかかっている。
 月夜がいきなり叫びだした。発狂でもしたのかと思い際、一拍間をおいてとても強い衝
撃波が月夜を中心にして沸き起こった。幸いというべきか、そのおかげで夕香を捕らえて
いた罠ははずれ、自由になった。さっきまでいた黒子や、長老らしき老人はどこかに飛ば
されたようだった。
「月夜!」
 獣の姿で駆け寄ったが、月夜の気が夕香を切り裂く。切り裂かれた所にちょうど、霊力
を封じる呪印があり霊力が戻りいつもの姿に戻ったのだが、何がなんだかわからずにてん
てこ舞いだった。
「どうして」
 月夜は体を仰け反らしながら絶叫している。と、空の上から声が聞こえた。
「馬鹿狐、早くそいつ封じろ」
 頭の中がいっぱいいっぱいだったのかその声はずいぶん小さく感じられた。月夜がうっ
すらと目を開けて昌也を見た。兄弟の間で何かを交わしたようだった。昌也は小さくため
息をついて目を伏せると夕香を捕まえて月夜を置いてその土地から去った。
「なに、月夜!」
 暴れる夕香を片腕でねじ伏せて昌也は何も言わずに屋敷に足早に立ち去っていった。屋
敷には嵐と莉那がいたが一人足りないことに気づいて首をかしげていた。
「なんで、おいて行った?」
 昌也の腕を振り解いてきっと昌也をにらんで言うと、昌也は目を閉じて、低く静かな声
でつぶやいた。
「仕方がない。あのままいても三人捕まって首切られて終わりだ。一人残していったほう
がいい。てか、あいつの言い分だ。俺は、従うしかない」
 その言葉に夕香は何もいえなかった。その声に怒気がはらんでいる。兄といえども家と
いう因習がもたらすことだった。宗家の意思に従うのは分家の役目。それは言われなくて
もわかっている。
「大丈夫だ、あれは見た目以上にしぶとい。凛に連絡を取ってくれないか」
 嵐はうなずいて少し屋敷を出た。何も語らないのにもうわかったらしい。彼らの糸が伝
えたのだろうか。昌也は何かいいたそうにしながら言葉を抑えている夕香の頭をポンとた
たきそのまま裏口から外に出て行った。取り残された莉那があまりの突然の事に目を白黒
とさせている。
「どういう?」
「月夜が霊力じゃないほかの力を暴走させて、あたしたちが先に帰ってきたのよ。つまり、
月夜を捨てて逃げてきたの」
 いくら大義名分があっても、宗家である彼が命じたことであっても、それは夕香を納得
させるにいたらなかった。やるせない苛立ちを隠しきれずに壁を思い切り殴った。土壁は
もろいかと思ったが逆に夕香がこぶしをすりむいた。



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